「ほんっとーに申し訳ありません、10代目!」
 青年は、腰を90度にして頭を下げた。
 今にも土下座でも始めそうな勢いだ……というか、実際にやろうとしたので、ツナは止めさせた。
 知人(といっていいものか)のマフィアボス候補には、部下を足蹴にしたり部下にグラスぶつけたり部下の耳に天丼突っ込んだりするのが趣味みたいな男もいるにはいるが、ツナはその限りではない。土下座なんてさせても嬉しくない。
(ていうか、今も頭が低すぎるくらいだよ獄寺君……)
 心中ため息をつきながら、そう思う。実際にはそんな吐息はもらさないけど。
 この場面でツナがため息のひとつもつこうものなら、相手は絶対に「10代目は自分の失態に呆れたのだ!」って思い込んで、更に自分を追い詰めるに違いないんだから。
 だからツナは、こんなのなんでもないよって顔で、笑うことにした。
 実際、こんなのなんでもないし。
「そんな気にすることないよ。ちょっと荷物配送間違っただけじゃない」
 そうなのだ。さっきから獄寺が、この世の終わり、みたいな顔で謝り倒しているのは、自分の事務作業の手配ミスについてだった。配下への連絡に必要だった荷の配送先を間違って、別のところに送ってしまったらしい。
「すごい重要機密ってわけでもないし」
「でも!」
「ちなみに、郵送番号は覚えてる?」
「N-7924875927ですが」
 ツナにはほとんど呪文にしか聞こえない桁数の数字を、すらっと言ってのける。
「……さすが、よく覚えてるね」
「え、自分で送ったものですから」
 だからってフツー覚えてない、そんな番号、とツナは思う。
 昔から記憶力に長けている獄寺だ。特に数字には異常に強い。
「で、送ったのがトレントか……」
 ツナは電話を引き寄せながら、こちらはあいまいで頼りない自分の記憶を探った。
「あの辺は確か別件で待機中の了平さんの部下がいるんだよねー……なんだっけ、あの短い茶髪で、右目がちょっとツリぎみな」
 ツナの言う人物の特徴に、獄寺は少し考える風だった。その灰色の髪の下の脳内で、カシャカシャっとモンタージュが組まれていくのがツナには見えるような気がした。
「フッターですか?」
「そう、その彼。ちなみに携帯番号って」
「090-XXXX-XXXX、ですね」
 これもすらすらと出てくる。彼の頭の中で完成したモンタージュには、横に個人情報詳細も書き込まれているようだ。
「ありがと」
 ツナは、スーパーメモリ搭載の部下に半分呆れた気分になりつつ、電話のボタンをプッシュした。
 数コールで繋がった相手は、ツナが名乗ると、ボス直通電話にひどく驚き緊張したようだ。構わずに用件を切り出す。獄寺の覚えていた荷物番号を繰り返して伝えて、可及的速やかに荷を回収して正しい送付先に送り直すように伝えた。ボンゴレのツテを使えば、まだ集積所にあるそれも回収可能なはずだ。
 しゃちほこばった承諾の返事を返す電話先に、よろしくね、と言って、電話を切った。
 この間、5分。ツナは腕時計を示して、また獄寺に微笑む。
「ほら、なんてことない。5分で取り返せる程度の問題じゃないか。配送ロスだって半日くらいだと思うよ。速達にしてもらえば十分間に合うレベル」
 とんとん、と腕時計の文字盤を軽く人差し指で叩くツナに、獄寺はきらきらと感動の眼差しを向けた。
「じゅうだいめ……! さすがっス、すごいっス!」
「……そんな感動されるようなもんでもないだろ……」
「いいえ! 10代目は、ほんと、人についての記憶が確かですね。大勢いる配下の配下、みたいなのすら、どこで何してるとか、覚えてる」
「なんとなくだよ……ただそーだったような気がするって印象くらいのもんだ」
 それも結局、自分の直感のたまものかな、とツナは考えている。つまり、直接対面したときの情報量が、余人よりも多いのだ。だから名前なんかより、顔とか雰囲気とか、どういう仕事を任されてて誰と仲がいいとか、そんなことはよく覚えられる。
「それ言ったら、獄寺君の記憶力の方が、ちょっと異常なくらいいいよね」
「オレのなんて、ただのデジタルな情報ですから」
「それの方が覚えられないってフツー」
 だからこそ、この手の事務関連はつい彼に任せてしまうのだが。業務メモだの構成員リストだのを参照する必要のない彼の処理は、実際、他人の3倍くらい早くて、助かるもんだから思わず惰性で押し付けてしまう。そりゃ、こんな間違いもひとつふたつ紛れ込むよねってくらいの量を。
(……その点、気をつけないとな)と、ボスとしてのツナの部分は反省した。
「えーと、だから、つまり。なんていうのかな。……こんなことなんてさ、気にしなくていいんだ。こうして実際に、すぐ対処できるんだから。
 取り返せない失態なんてないよ。君がいて、オレがいたら」
 一緒に、いさえすれば。
 自分で言ってて、ツナはちょっと気恥ずかしくなった。
「……あと、ちょっとボンゴレの財力と人脈使えばね」と付け加えてみたりする。
 すると獄寺は、一瞬、少し驚いたように目を見開いて、それからつかの間、微笑した。
 かと思うと、すぐに表情を改める。その目の色の真剣さに、今度はむしろツナの方が少し驚いて目を見開いてしまった。
「でも、10代目。それでもオレは、これっくらいの仕事、全部、簡単に、完璧に、こなしたいんです。
 ――あなたのための仕事、なんだから」
「……いや――そ、そこはさ。せめてボンゴレのためって言おうよ」
「オレにとっては同じことです」
 照れを誤魔化すツナの濁した言葉に似ず、獄寺のそれは明瞭で迷いがない。
 迷いないその内容、自分とボンゴレを同義に扱われたことに、ツナは瞬間、わずかな引っ掛かりを感じたが――
「同じことなら、『あなたのため』って、言いますよ、オレは。……そう言いたいんです。特に、こうして2人きりのときは」
 続く獄寺の言葉に、すぐにそれは吹っ飛んでしまった。
「だっ……」
 だから君は、なんでそういうことを真顔で。
「だっ……」
 大体、言いたいって時点で、君の中では差があるんじゃないか、同じじゃないじゃないか。
「だっ……」
 だってそんなの。そんなの……。
「10代目?」
 ちくしょう。口ぱくぱくさせてるこっちを不思議そうに見てくるな。だってそんなの。
「……そんなの、オレだってそうだ。こんなフォローくらい、なんでもないよ。――『君のため』なんだから」
 頬を熱くしながらのかろうじてのツナの反撃に、今度は、獄寺が耳まで赤く染まるのだった。



6/17にお留守番したスペースで急遽配布させてもらった獄ツナペーパーから。
発送ミスって本がないっていうから、ちょっと「取り戻せないミスなんてないんだよー」って励ます獄ツナが書きたくて。
獄寺君にはツナがいるから大丈夫! いっしょにいる限りはミスも取り戻せます。それってずっとだよね。
そして君には次がある!次が! 獄ツナでいる限りは大丈夫。それってずっとだよね。
久しぶりに獄ツナ書けてちょっと嬉しかったです……えへへ。